哲学・心理

証言的不正義

しょうげんてきふせいぎ

意味

証言的不正義は、話し手への偏見によって、その言葉にふさわしい信用が与えられない不公正です。典型的には、性別や人種などへの思い込みから、本人の説明や報告の信用を不当に低く見積もることを指します。

解説

ここでいう証言には、日常の会話で自分の経験を伝えることも含まれます。哲学者ミランダ・フリッカーは、2007年の著書で、こうした場面の偏見を分析しました。知っていることを伝える人として不当に軽く見られる点から、証言的不正義は「認識的不正義」の一つに位置付けられます。

たとえば、会議で機器の不具合を報告した人が、女性だという理由だけで「勘違いだろう」と軽く見られる場面です。本人が実際に観察した内容が、性別への思い込みで過小評価されています。その人が知識を伝える機会が損なわれ、聞き手も得られたはずの情報を逃すことになります。

発言への疑問がすべて証言的不正義に当たるわけではありません。記録との食い違いや、本人が観察できた範囲を尋ねることは、報告の内容に即した検討です。信用を下げた理由がどの証拠にあるのかをたどると、内容への検討と、話し手の属性への偏見を分けて考えられます。

関連する解釈的不正義では、ある集団の経験を理解するための言葉や概念が社会で共有されにくく、当事者が経験を説明する際に不利益を受けます。証言的不正義は話し手への信用、解釈的不正義は経験を理解し伝えるための概念に焦点がある、という違いです。

この考え方を占いの相談へ生かすなら、まず本人が何を経験したのかを聞くことが出発点になります。年齢や性別から抱いた人物像と、相談者が語った出来事を分け、どの情報から判断したのかを振り返ります。カードに描かれた物と、そこから連想した意味も区別し、解釈が本人の説明に合うかを一緒に考える姿勢が大切です。