哲学・心理
認識的不正義
にんしきてきふせいぎ 別名:epistemic injustice・知識をめぐる不正義意味
認識的不正義は、偏見や社会的な力関係のために、人が知識を持つ者として不当に軽く見られることです。自分の経験を理解し、説明するための共通の言葉が社会に乏しく、そのために不利益を受ける場合もこの概念に当たります。
解説
哲学者ミランダ・フリッカーは、人が「知る者」として傷つけられる不正義を分析し、主に証言的不正義と解釈的不正義の二つを示しました。証言的不正義は、話し手の性別、人種、年齢などに対する偏見によって、その発言に必要な信用が与えられないことです。解釈的不正義は、経験を理解して他者に伝えるための概念が社会で十分に共有されていないために起こります。
若い人が体の痛みを訴えた時に、「若いから大したことはない」と決めつける場面は、証言的不正義の一例です。原因がすぐに分からなくても、まず本人の訴えを調べる必要があり、年齢への思い込みから調査前に軽く評価すると、証言的不正義につながります。事実関係は誰の発言でも同じ基準で確かめながら、相手を知る主体として尊重する姿勢が求められます。
解釈的不正義では、個人の語彙力に加え、社会に共有された概念の不足が問題になります。経験した本人も周囲の人も、何が起きたのかを理解しにくい状況です。フリッカーは、「セクシュアルハラスメント」という概念が広まる前、当事者が体験を説明しにくかった例を取り上げています。共通の言葉ができると、それまで個人の不快感とされていた経験を、社会的な問題として説明しやすくなります。
占い相談でカードの解釈を先に決めると、相談者の説明がその枠へ押し込まれる恐れがあります。最初に起きた出来事と本人の受け止め方を聞き、説明しにくい言葉には具体例を尋ねたうえで、カードの言葉が役立つかを一緒に考えます。本人の言葉と占いの解釈を分けて記録することも、読み手の思い込みによる置き換えを防ぐ助けになるでしょう。