哲学・心理
認識論的内在主義
にんしきろんてきないざいしゅぎ 別名:epistemological internalism・epistemic internalism・正当化の内在主義意味
認識論的内在主義は、信念の認識的な正当化が、信じる本人の内側にある要因によって決まると考える立場です。本人が理由へ振り返って到達できることを求める立場と、正当化が本人の心的状態に依存すると捉える立場があります。
解説
内在主義と外在主義の対立には、知識についての対立と、信念の正当化についての対立があります。このページで焦点にするのは、ある命題を信じるに足る認識上の支えを本人が持つかという、正当化についての内在主義です。基本的な考えは、内面が同じ二人なら、同じ命題について持つ命題的正当化も同じになるというものです。ここでいう命題的正当化は、その命題を実際に信じたかに先立ち、信じるに足る支えがある状態を指します。
内在主義には二つの代表的な形があります。一つは、正当化する理由や要因へ、本人が振り返りによって到達できることを求める立場です。もう一つは、経験、記憶、信念など、本人の心的生活によって正当化が決まるという説明です。心的状態の中には、本人が簡単に意識へ上げにくいものもあるため、二つの条件には差があります。内在主義を「意識して説明できる理由だけを認める立場」と一括りにすると、後者の説明が抜け落ちます。
二人が、見た目も文面も区別できない公式メールを受け取った場面を考えます。一通は本物、もう一通は精巧な偽物です。ただし、二人の知覚経験、記憶、手元の情報は同じです。内面が同じなら正当化も同じだとする内在主義では、二人とも「会場が変更された」という命題について同じ命題的正当化を持ちます。実際の送信元という外的条件は、メールの真偽や知識の成立を分ける可能性があります。この例が分けるのは、本人の視点から合理的だったかという評価と、信念が真理へ適切につながったかという評価です。
内在主義を支持する議論は、本人の視点から理由を持たない信念を、信頼できる方法から生じたという事実だけで正当化してよいかを問います。ボンジュールの透視者の事例では、本人に能力を信じる理由がないまま、信頼できる透視能力によって真の信念を得る人物が描かれます。そこから生じるのは、その信念を合理的と呼ぶことへの疑問です。一方、外在主義側は、振り返り可能な理由へ厳しい条件を課すと、日常的な知覚や記憶による正当化の説明が難しくなると批判します。証拠主義は内在主義と結び付きやすく、信頼性主義は外在主義の代表例ですが、両者はそれぞれ異なる軸の分類です。
タロット相談で記録できる事実は、カード、向き、配置、質問、参照した解説です。読み手が図像や配置から解釈を導いた理由は、本人の側から示せる認識上の支えに当たります。認識論的内在主義の観点は、その時点でどの理由を持ち、結論がその理由に支えられていたかを整理する助けになります。理由を説明できることと、将来の出来事が実際に起こることや、占術の方法が真の判断を高い割合で生むことは、別々の評価項目です。認識論的外在主義、認識的正当化、証拠主義の各ページは、外的な真理とのつながり、信念への認識上の支え、証拠へ態度を合わせる考えをそれぞれ補います。